リサ・ラーソンのプロダクト

6月8日から岐阜県現代陶芸美術館で開催されている「リサ・ラーソン展」を観覧してきました。
とりわけ日本で非常に人気の高いリサ・ラーソンがデザインを手がけたプロダクトの数々や、本展覧会で初めて紹介されるユニークピース(一点モノ作品)が見られる本展覧会。2023年から全国を巡回して話題となっていましたが、本展巡回中の今年3月11日、リサ・ラーソンは惜しまれながら92歳で永眠しました。
今回久しぶりに作品を様々な角度から鑑賞し、改めて彼女の生み出した世界に魅了されました。

リサ・ラーソン展の会場前の様子
リサ・ラーソン展の会場入り口

リサ・ラーソンとは

リサ・ラーソン
出典:TONKACHI.LTD

リサ・ラーソン(Lisa Larson)は1931年スウェーデン生まれの陶芸家、デザイナー。彼女自身のことをご存じない方も、彼女が生み出した赤い縞々のキャラクター「猫のマイキー」はどこかで見たことがあるかもしれません。

猫のマイキー
出典:TONKACHI.LTD

子どもの頃から芸術に関心があったリサ・ラーソン。18歳でヨーテボリのデザイン工芸学校に入学し、そこで陶芸と出会い魅了されました。卒業後の23歳の時にヘルシンキのデザインコンペティションで審査員をしていたデザイナー、スティグ・リンドベリに見いだされ、彼がアートディレクターとして勤めていたグスタフスベリ製陶所で成形見本作家として働き始めます。

スティグ・リンドベリとリサ・ラーソン
スティグ・リンドベリとリサ・ラーソン
出典:Wikipedia

グスタフスベリの陶工房には、リサと同じように若き作家が沢山集まっていました。彼らは会社の工房設備を使ってプロダクトデザインをする傍ら、自身の自由な創作活動も認められていて、沢山の一点モノ作品(ユニークピース)を製作していました。時にリンドベリと共にそれらのユニークピースを見ながらディスカッションをおこない、量産ラインへのせるためのブラッシュアップを経て製陶所の製品へと昇華することも多かったそうです。
49歳でグスタフスベリを退職したあとは、フリーランスとして様々なデザイン会社と仕事をしながら、自身のアトリエで魅力的な作品の数々を生み出し続けてきました。

世界から愛されるリサ・ラーソンのデザイン

リサ・ラーソンが生み出した数多のプロダクト。多くを占めるのは動物、子ども、少女などをモチーフにした置物でした。 丸みのあるフォルムに愛嬌のある表情、陶器ならではの落ち着いた焼き色、大胆かつ絶妙なバランスでデフォルメされたこれらのプロダクトで私が最も素晴らしいと感じる点は、生活の場にあって全く不調和をおこさないことです。

生活空間に陶器の置物を飾るというのは、暮らしの豊かさの表れでもあり、「ちょっと背伸びした行為」だと思います。ここ一番!というような特別感のあるアイテムをインテリアの中心に据える人もいるでしょう。
リサ・ラーソンのプロダクトは、インテリアの主役になるほどの尖ったインパクトはありません。その代わり、生活の場に自然と溶け込んでいて、時々ふと目が合うような感覚を覚える、そんなささやかなアイテムが多いのが特徴と言えます。

リサ・ラーソンのデザインしたプロダクトには、動物や自然、環境、人間へ向ける彼女のあたたかな眼差しが注がれていました。それらとふと目が合う瞬間、私たちはプロダクトを通して、彼女自身の愛嬌溢れる眼差しとも目を合わせているのかもしれません。

《ライオン(マキシ)/アフリカシリーズ》
《ライオン(マキシ)/アフリカシリーズ》本モデルは1968年から製造
出典:岐阜県現代陶芸美術館 | リサ・ラーソン展 知られざる創造の世界-クラシックな名作とともに

また私自身も過去に陶芸を学んでいた経験から思うことですが、リサ・ラーソンは土や焼き物の特性との付き合い方がとても上手い人だなという印象があります。

陶芸家の中には、土をこねこね触りながら作品の姿を考える人もよくいます。リサ・ラーソンも「作りながら考えるタイプ」の作家だったそうです。
たとえばこのライオンの置物も、はじめは胴体も足も別々にろくろ成形されたものをくっつけることで生まれたそうです。これは、頭でうんうん考えてもなかなか出てきにくいアイデアです。

ぎゅっと押せばへこみ、掌のなかでころころと転がせば丸くなる。紙の上にペンで描くのではわからない、手を動かしながら考えることで気付ける特性がリサ・ラーソンの作品には多く見られます。

量産の視点から見るリサ・ラーソンのプロダクト

量産が前提のプロダクト製品の場合、どれほど元のアイデアが素晴らしくても、生産ラインに乗せられなければ日の目を見ることはできません。
作家の手を離れても生み出し続けることができる「再現性」が重要になってくるわけですが、芸術作家はこれがなかなか苦手な人が少なくないのも事実で、つまり「本人でないと作れない」ようなデザインを提案してしまうことがあるのです。

そんな中、リサ・ラーソンは芸術作家として活動しながらも、グスタフスベリで量産の工程を徹底的に叩き込まれたため、「どうすれば量産しやすいか」をよく理解していました。

大量生産の焼き物の成型方法はいくつかありますが、置物の場合はほとんどが「泥漿(でいしょう)鋳込み」という方法で成形されます。石膏型の内側にどろどろの液状にした粘土(泥漿)を注ぎ、石膏に水分を吸われて乾燥することで形を再現する手法です。

泥漿鋳込みについて

泥漿鋳込みで成形するには、脱型しやすい形にモデルを整える作業がとても重要になります。食い込んだ部分があると、型が引っかかって抜けなくなってしまうからです。

他にもできるだけ少ない分割で作れるシンプルなシルエットも大切です。型同士をバンドでしっかり固定してから泥漿を流さないと、隙間に流れ込んで型が決壊してしまう事もあるので、できれば3分割程度までで形を再現できるのが望ましいです。
リサ・ラーソンが作り出す丸みのあるデザインは、成形のしやすさと見た目のユニークさがもっとも良いバランスで両立するように、しっかりブラッシュアップされています。

一方で、生産ラインを意識する必要がないユニークピースではリサ・ラーソンの作為や手癖がそのまま活かされており、1つ1つが唯一無二の芸術的な存在感を放っています。
この二つの考え方をきちんと行き来できるところこそ、リサ・ラーソンのユニークかつ優れた作家性だと思います。

プロダクト例。恐らく2面の割り型で成形でき、絵付けもシンプルで量産向き。

《ネコ/小さな動物園シリーズ》
《ネコ/小さな動物園シリーズ》製造1956-1978年
出典:岐阜県現代陶芸美術館 | リサ・ラーソン展 知られざる創造の世界-クラシックな名作とともに

量産ではないユニークピース例。型では成形ができず、葉っぱの造形等に作者であるリサ・ラーソンの作為が含まれる。

《トリの器(ユニークピース)》
《トリの器(ユニークピース)》1982年
出典:岐阜県現代陶芸美術館 | リサ・ラーソン展 知られざる創造の世界-クラシックな名作とともに

基本的に、やきものの工場では成形・施釉・絵付け・焼成を別々の担当者が分業でおこなっています。
リサ・ラーソンのプロダクトは、すべての工程が比較的シンプルで再現性が高く、量産に向いています。しかし同時に、各工程自体は現在でも手作業で生産されています。

1点1点表情が異なり味わいが出る手づくりの良さは残しつつ、生産性との折り合いをつけるためにできるだけシンプルな工程に落とし込まれているのですね。

タイルパークにもこれと似た考え方のもと製品化されたタイルとして、絵付けタイルの「絵本」というシリーズがあります。

絵本
絵本の絵付け作業

絵柄のデザインは、商品開発を担当した女性スタッフ・冨田の中にある物語から生まれました。元々は生産過程に作者である冨田の思いが強く乗っており、「彼女でなければ作れないのでは」と危惧されていました。しかし工場とともに度重なる会議と試験が重ねられ、現在はその手を離れて工場の絵付けスタッフによって生産が可能になりました。

まだまだ生産スピードが十分とは言い難い状況ですが、少なくとも冨田ナシでも世に送り出すことができる「プロダクト」への昇華が成功した絵付けタイルシリーズと言えます。
「絵本」について詳しくはこちら>

グスタフスベリでの活躍と悩み、リサ・ラーソンという「人間」の魅力

グスタフスベリでの彼女の働き方は、正直言って作家なら誰もがうらやむものでした。工房と材料を与えられ、給料をもらいながら自由な創作活動もできる。ハッキリ言って恵まれた環境だと言えます。
しかし、表面的な部分だけを見れば「羨ましい」のひとことな彼女の働き方は、本人の目から見れば決して良いことばかりというわけではなかったことを、今回の展覧会図録に掲載されたインタビューでリサ・ラーソン自身が語っていました。

自身がデザインした製品がヒットしても会社からロイヤリティは出ず、そのため勤めだしてからの数年間、給料は会社でも最低ランクだったこと。
会社が世話をしてくれた住居も決して快適な居住空間というわけではなく、将来に不安を感じて勤務数年目には一度退職を申し出たこともあったこと。
ただしこれらは、退職の申し出を機に会社に正直に話したことで、待遇が一気に改善されたようです。会社が出産・育児中の働き方もしっかりフォローしてくれたおかげで、最終的には26年にわたり同社に勤め続けることになり、たくさんのヒット作を世に送り出しました。

また同インタビューでは、こうも語っています。

「私はこんなに素晴らしい夢のような仕事をしているけれど、それに少し罪悪感みたいなものを感じる時もあるの。私の仕事は楽しく、またそう難しいものでもないので、私としては他の人たちの役に経つようなことをしたいと考えています。
(引用:「リサ・ラーソン展 知られざる創造の世界―クラシックな名作とともに」)

誰もが憧れる理想的なライフスタイルを送る一方で、リサ自身は動物や人間などのモチーフにむける眼差しと同じくらい、現実的な暮らしや自分自身の姿をしっかり見つめていました。こうした真摯な眼差しこそが、ユニークピースやプロダクトを飛び越えて「彼女自身」が世界から愛される一番の理由なのではないかと思います。

参考書籍:
「リサ・ラーソン展 知られざる創造の世界 ―クラシックな名作とともに」発行:株式会社アートインプレッション
「リサ・ラーション作品集 スウェーデンからきた猫と天使たち」著者:ギセラ・エロン/翻訳:平石律子 発行:株式会社ブルース・インターアクションズ


この記事の執筆者:金谷(タイルパークスタッフ)
タイルパークの商品情報管理やWEBサイト更新を担当。学生時代に学んだ陶芸の知識を活かし、タイル商品の魅力を発信。


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