淡陶社のタイル


こんにちは。試作担当の吉野です。





今回は淡陶社(現在のDANTOさん)のタイルのご紹介です。





まず、タイルの前に淡陶社さんの焼き物のご紹介です。淡陶社さんの前身である珉平焼は江戸時代後期(文政年間)に淡路島で賀集珉平さんが開窯した窯です。そんなにも古く歴史のある会社なんですね。京都の尾形周平さんに師事を仰ぎ、作品は京焼の色絵技術を取り入れたお茶道具など作るところから出発しました。また、京焼の写しだけにとどまらず、中国陶器、漆器、金属器までを模したかなりバラエティーに富んだ作風です。兵庫陶芸美術館で2007年に開催された『 珉平焼 -淡路島が生んだ幻の名陶 』の展示会の図録で詳しくご紹介されていますが、廃刊になっているのでなかなか手に入れるのは難しいでしょう。私も友人にコピーさせて戴いたものを所有しているだけです。





私が骨董趣味を始めた頃には珉平焼のカラフルな器が少し流行っており、また小皿等は比較的お求めやすい価格だったこともあってそこそこの数を集めていました。













小皿類が多く、コレクションするアイテムとしては最適ですね。何年も前に珉平焼好きが高じて淡路島の窯跡にまで行ってみたこともあります。確かDANTOさんの淡路島工場の隣だったような。。。カラフルな陶片が少し落ちていました。淡路島は畑に名産の玉ねぎが干してあったり、長閑で良い場所でした。





後の明治16年に珉平焼は淡陶社に変わります。当時は輸出用のカラフルな陶磁器を中心に生産していました。タイル生産にもこの頃から着手し、初めは湿式タイルから、明治41年に日本で初めて乾式タイルの生産に成功しました。今回ご紹介するタイルはこの頃の初期の貴重な乾式タイルと思われます。裏面を見ると珉平焼の頃から使われていた千鳥の可愛いマークがありますね。





鯉のようなものは生け花で使う花留めです。色々な作品があって楽しいです。













この頃の作品はヨーロッパのタイルを模倣しながらも、独自のオリジナリティを模索しているように感じられ個人的には好きです。





そして大正初期頃から各タイルメーカーさんは和製マジョリカタイルを作り始めます。とにかくカラフルなタイルです。大量に生産されたので古くからある銭湯だったり、まだ見られる場所も少し残っているでしょう。また、輸出も多くしていたのでアジア各国やインド、アフリカ等でも未だに見られるようです。

















この頃になると各社独自のオリジナリティは影を潜め、原型が同じなのでは?と思ってしまう程各社ほぼ同じ文様の製品を作っています。上部の1枚目と2枚目のタイルは色が違うだけの製品に見えますが、別々のメーカーさんのものです。時代的にまだ著作権的なものが緩かったのでしょうか。





ちなみにこれは豆知識ですが、日本で言う『和製マジョリカタイル』とは『日本の会社の商品名』であって、ヨーロッパで言う『マジョリカ焼き』とは実は似ても似つきません。 ヨーロッパで俗に言う『ヴィクトリアンタイル』の中の一部の色絵製品を、日本で模して作られた製品を『和製マジョリカタイル』と言う商品名で売り出したのです。恐らく日本で商品化される際に、何か間違いが起きこのようになってしまったのではないかと思います。





和製マジョリカタイルは現代の感覚からしてみると派手で使い方の難しいタイルですが、時代背景などを知ったうえで見てみれば面白いものです。 日本にはもっとずっと古い時代から塼や敷瓦などのタイルのようなものは存在していましたが、ここから本格的に日本のタイル大量生産の歴史が始まったのですね。









ちなみに弊社の『魅』という商品は私が和製マジョリカタイルの文様を拝借し、現代風にアレンジして開発しました。 透き通ったブルーの釉薬で爽やかなリゾート感のある仕上がりです。上部と左のものは連続性もありますので、同じ柄で構成して使って戴けると綺麗だと思います。





次回も宜しくお願い致します。